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最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)61号 判決 1995年6月23日

那覇市樋川一丁目一番一一号

ライオンズマンション開南大通り二〇六号

上告人

備瀬ツル子

ライオンズマンション開南大通り二〇五号

上告人

備瀬知健

右両名訴訟代理人弁護士

新里恵二

那覇市旭町九番地

被上告人

那覇税務署長 上間常秋

右当事者間の福岡高等裁判所那覇支部平成六年(行コ)第一号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成七年一月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人新里恵二の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、原審において主張、判断を経ていない事項につき原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 河合伸一)

(平成七年(行ツ)第六〇号 上告人 備瀬ツル子 外一名)

上告代理人新里恵二の上告理由

第一 原判決は、本件報酬契約について「したがって、訴外知良や控訴人池原は、本件最高裁判決と同時にそれぞれ本件土地所有権の六分の一を取得したということはなく、訴外知良においては、昭和五九年六月三〇日に本件土地を第三者に売却し、同年七月一一日ころ、買主のために移転登記手続をするとともに売買代金を受領してこれを本件土地共有者(又はその相続人)に引き渡し、同月一二日ころ、控訴人池原及び訴外仲宗根に弁護士報酬を支払うことにより、本件土地管理契約により受任した業務を終了させ、右目的を実現した成功報酬として残額一億九〇〇〇万円を取得したものであり、同様に、控訴人池原においても本件土地を売却し移転登記及び売買代金の本件土地共有者への引渡しを済ませたことにより、本件訴訟委任契約により受任した業務を終了させ、右目的を実現した成功報酬として弁護士報酬一億八〇〇〇万円を取得したものと解される」と判示している(原判決八枚目表二行目から同一一行目まで)。

しかしながら、右判示をした原判決には、審理不尽の違法がある。

一 まず、上告人らは、第一審における平成五年八月二五日付準備書面の二項ないし五項で、次のとおり主張した。

「二 訴外知良と弁護士である原告池原及び訴外仲宗根信秀との報酬契約については、右原告の平成五年三月二九日付準備書面で主張したとおり、当時、沖縄においては、弁護士法(昭和二四年六月一〇日法律第二〇五号)の適用はなく、また、沖縄独自の弁護士法は右報酬契約締結後施行されたものである。

仮に、右弁護士法(法律第二〇五号)二八条が適用されるとしても、当該報酬契約の目的物が係争中の事件のものである場合に限るとするのが判例であり、本件事案は係争中のものでなかったことは明らかであるから、弁護士法二八条の適用はないというべきである。

三 本土復帰前の沖縄においては、勝訴を条件として土地自体を報酬契約の目的物としていた事例は多数存在しており、本件事案もその一例であって、沖縄の本土復帰前の特殊事情下においては、特に、非難されるべきものとはいいがたい。

四 沖縄の特殊事情の一つとしていわゆる「割当土地制度」があって、本土復帰前には、当該土地の所有者であってもその明渡しを求めたうえでこれを処分することはできず、その換価が困難であったことがあげられる。

つまり、弁護士の依頼者が弁護士との報酬契約において、勝訴を条件として、訴訟の目的物である当該土地を換価してその代金を報酬に当てることは困難であったということになり、そのため、当該土地自体を報酬の目的物とせざるを得なかった事例が覆いものと推測される。

五 なお、その他の事情等については、証人新里恵二の証言のとおりであるから、右証言を十分に参照されたい」

二 次に、第一審における証人新里恵二に対する各尋問及び証言(Q、Aと表示)を以下で引用する。

1 右尋問及び証言一〇項

Q 「弁護士法第二八条の法意と本件との場合について簡潔に述べてください」

A 「いくつか問題があると思います。まず第一に青山さん達と備瀬さんとの間の契約は、弁護士と依頼者との契約ではないわけです。鹿児島で締結されたようですけれども、これについては弁護士法の適用はないと思います。それから、備瀬さんは、業として非弁活動をやっていたわけではありませんから、これも問題にならないと思います。それから、二番目は池原先生と仲宗根先生と、備瀬さんとの間の報酬契約つまり、備瀬さんが依頼者から二分の一貰うことになっていると、従って、貴方がたに三分の一ずつ上げて私は三分の一いただきますということで契約したわけです。これはある意味で言うと、条件付きの代物弁済予約みたいな形に、たぶん法律上はなると思いますけれども、いずれにしてもその当時、法律扶助の制度が無かったわけですから、当時、鹿児島県から沖縄県に、権利義務関係調査のために、特に戦前の権利義務関係の調査のために青山さんが調査に来るというのは、非常に困難だったと思いますから、青山さんとしてはそういう形でしか、弁護士に事件を依頼することができなかったと言う特殊事情があります。

それから、弁護士法二八条は、係争中の事件にだけ適用される、と言うのは、この規定は刑罰法規の構成要件になってますから、むやみに拡大解釈してはいけないと、現に裁判所に継続中の事件についてその当該係争中の権利を譲りうけることが禁止されているわけですから、そういう意味では、私は備瀬さんと池原・仲宗根両弁護士との間に締結された報酬契約自体は、弁護士法二八条に直ちに違反することにならないと思います」

2 同一三項

Q 「復帰前の沖縄における弁護士報酬の援助と、代物弁済の事実たる慣習について簡潔に述べてください」

A 「これは、むしろ私よりは、大田先生の方が直接に聞いている事例が多いと思います。私はほとんど伝聞で、私は四八年に第二東京弁護士会から沖縄弁護士会に登録替えをしましたけれども、登録替えをする前に何回か、いわば瀬踏みのような感じで沖縄に来たことがあります。そういう時に古くからの友人であるとか、新聞記者諸君であるとか、そういう人達から沖縄弁護士会所属の弁護士が弁護士報酬として土地を貰っていると、その土地をもらっているんだけれども、それが何年か経つと値上がりするわけですね。そのために依頼者から、あの弁護士に何百万と取られたというような苦情があるよと、いうようなことはしばしば聞かされてました。それからまた、それぞれの先生方からこういう形で報酬を受け取った事が有るということについて、例えば先ほど話しました弁護士報酬についての研修の機会に、こういう事が自分の過去の経験であったんだけれども、ということは聞かされたことがあります」

3 同一四項

Q 「それから、これは私が聞いたことですけれども、現実にはですね。弁護士に『あなた報酬として土地貰いましたか』という事をお尋ねすることはある意味で失礼ですね。そういうことで、私がごく親しい年配の弁護士に聞いた事ですけれども『御自身についても報酬として土地いかがですか』とこういう提供をうけたと、それからある先生は『確かに報酬として土地を貰っております』とこういう二、三の例を聞いておりますけれども、証人に私から話したことがありましたですね」

A 「はい、あります」

4 同一五項

Q 「その事については証人としては、どのようにお考えですか」

A 「私自身もですね、依頼者から『先生に報酬払わないといけないんだけれども、もう土地で取ってくれないか』というふうに言われたことがあります。ちょっと事情がありまして、その申込みについては、拒否をして、その土地を売った後でお金を貰うという処理の仕方をしましたけれども現実にそういうふうな事例は幾つかあったと、直接にも聞いております。ただプライバシーにわたることなので、誰々弁護士から誰々弁護士が、こういう事でどこの土地を何坪貰ったそうだと、いうことは今ここで証言できません」

5 同一六項

Q 「それから私が聞いたところでは、戦前も、貧困で弁護士報酬を金銭で払うことができないと、それで勝った時にはその土地をあげましょうと、こういう話しも聞いているんですが、証人は、そういう話しは聞いたことはございませんか」

A 「私の義理の叔父が、戦前弁護士をしておりましたので、それは何回も聞いております」

6 同一九項

Q 「これは割当土地の場合には、その主体は誰が割当てたんでしょうか」

A 「当時の、臨時に各市長がおりましたから、市長が必要な労働力を確保するために、誰の土地であろうとかまわず割当てて、家を造らせた、もしくは家も市で造って住まわせたという形になっていると思います」

7 同二〇項

Q 「そういう意味では、地主に無断で割当てられているわけですね」

A 「全くそうです」

8 同二二項

Q 「そういう関係で、勝訴に勝ってみても、その土地を現実に処分できないと、こういう障害があったと思うんですがいかがですか」

A 「そのとおりだと思います」

9 同二三項

Q 「そのために、土地を、もし勝訴に勝ったら、土地を換価して、そのなかから報酬を上げましょうということは沖縄においては、困難な状況下にある訳ですね」

A 「はい、一九五一年の四月一日からだったと思いますけれども、それ以前にもいわば、事実状態として進行していたというんですか、割当土地について所有権申告が認められまして、それ以後は、私的な所有権が行使できる、逆に言うと、地主さんは、割当土地の割当を受けて、住んでいる人から地代をとることができるという状態になりますけれども、そのままずっといきまして、何年だったか覚えていませんけれども、それが借地法に切り替えられましたから、正確には覚えてませんけれども一九六〇年代に借地法の網をかぶせるということに立法院の法律になりましたので」

10 同二四項

Q 「割当土地の場合ですと処分がしにくいということで、土地の所有権そのものを代物弁済として上げる」

A 「もうひとつ、それにはですね。いま大田代理人から質問がありました割当土地以外に、米軍の要請で軍用地料の額が非常に極端に押さえられていましたから、そうしますと地価自体もかなり低く押さえられているという状態が復帰までは続いていたと思います。従って復帰直後に、非常に地価が暴騰しまして、だいたい昭和四六年から昭和四八年頃までに私の記憶ではところによっては、三倍から四倍に地価が暴騰したと思います。」

11 同二五項

Q 「何か他に証人として付け加えたいことがございますか」

A 「ひとつはですね、青山さんが、鹿児島に住んでいて、沖縄に渡航してきて、戦前の権利義務関係を調査して、そしてそれにふさわしい証人を見つけてという作業は、大変困難だったと思うんですよね。

従って、極めて特殊な事情のなかで結ばれたのが備瀬さんと、青山さん達の契約であるということを裁判所にご理解いただきたいと思っております」

三 以上の証言によれば、沖縄においては、訴外青山實と訴外備瀬知良が本件報酬契約を締結した当時、法律扶助の制度がなく、また、弁護士法(昭和二四年六月一〇日法律第二〇五号)第二八条が適用されない特殊事情があって、弁護士報酬について土地による代物弁済等の事例が比較的に多かったこと、これは、戦前(昭和二〇年以前)においても、沖縄では貧困等の理由により弁護士報酬を金銭で支払うことができないため、勝訴を条件として土地の所有権移転を約束する事例が多かった慣行が影響していること、戦後、沖縄においては、いわゆる「割当土地」の制度があって、「割当土地」に指定された土地については、その所有者であっても明渡請求が制限されていたため、当該土地を換金することが著しく困難であったことから、当該土地の一部の所有権移転をもって弁護士報酬とするが、その大きな理由となっていることが認められる。

四 ところで、原判決は、右証人の証言には何ら触れていないところ、仮に、右証人の証言によって、前記事実を認定するには証明力が足りないとすれば、釈明権の行使等により、前記事実の有無について、もっと審理を尽くすべきであったと考える。

そうすれば、原判決が信用できないとして採用しなかった重要な証拠である証人青山實、同仲宗根香代子、同田本信男等の各証言及び上告人備瀬知健の本人尋問の結果並びに甲(イ)第一三、第一四、第二〇号証、甲(ロ)第三及び第四号証について、信用性があることが判明したはずである。

第二、他の五名の納税者との公平の観点からも、原判決は取消を免れない。

一、国税不服審判所長は、昭和六二年一一月三〇日付けでなされた昭和五九年分所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分について、訴外備瀬知良と弁護士報酬契約を締結した訴外仲宗根信秀に対しては、「原処分の全部を取り消す」との裁決をし、その理由の要旨として、「以上のとおり、本件更正処分の理由附記は、それによって更正の理由を適切に理解することは不可能であり、本件更正処分の理由附記には記載不備の違法があるといわざるを得ないから、所得の帰属年分及び所得の種類について判断するまでもなく、その全部を取り消すのが相当である」と判示している(同裁決書(甲(イ)第四号証)一五頁七行目から同一一行目まで)。

他方、右国税不服審判所長は、右と同様の原処分について、訴外知良に対しては「審査請求を棄却する」との裁決をしている。

右訴外仲宗根と訴外知良は、共に同種の経緯から報酬契約を締結したものであって、右各裁決は著しく不公平であるというほかない。

二、昭和五九年六月三〇日に、那覇市字壺川赤畑原二一番一ないし二一番一〇の土地一〇筆一、七三九・四九坪が、拾壱億円で売買された(甲(イ)第五号証)。

上告人の主張は、右売買のさい、上記の土地は、次の共有持分で下記七名の物に所有されていたものとするものであった。

1、青山妙子 共有持分八分の一

2、中島文子 共有持分八分の一

3、青山実 共有持分八分の一

4、江口毅 共有持分八分の一

5、備瀬知良 共有持分六分の一

6、池原茂男 共有持分六分の一

7、仲宗根信秀 共有持分六分の一

右七名は、前記の土地が七名の共有であった事実を前提として、それぞれ昭和六〇年三月一五日までに確定申告をし、右の1、ないし4、の四名は、売買代金一一億円の八分の一に当たる一億三七五〇万円が、前記土地の売却によって得た収入であるとして申告し、所轄税務署によって承認された(甲(イ)第一八号証)。

また、右五、の訴外備瀬知良は、売買代金一一億円のほぼ六分の一相当の一億九千万円を、右6、の上告人池原茂男と右7、の訴外仲宗根信秀も、売買代金のほぼ六分の一相当の一億八千万円を、前記土地の売却によって得た収入であるとして申告した。

ところが、右7、の訴外仲宗根信秀については、前記一、で言及したとおり、所得税の更正処分が取り消され、訴外仲宗根信秀の、共有持分六分の一を取得していたことを前提とする申告が、結果として承認されたことになっている。

昭和五九年六月三〇日の土地売買に関与した七名のうち、五名については、その申告が承認され、訴外知良と上告人池原茂男についてのみ、前記土地につき共有持分六分の一宛を取得していたことを前提とする申告が否認されていることは著しく不公平であるという他ない。

三、右一、二、の経緯からみて、訴外知良についても、右訴外仲宗根と同様に右原処分を取り消さないと、著しく社会正義の観念に反することになるから、原判決は取消しを免れないことになる。

以上

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